歯科界のトップを走るドクターに仕事の極意を学ぶ「一流ドクターの仕事術」。今回は、首都圏で9医院を展開しているエムズ歯科クリニック(医療法人社団翔舞会)理事長の荒井昌海先生にインタビューしました。

荒井 昌海(あらい・まさみ)医療法人社団翔舞会理事長、MID-G最高顧問。1999年東京医科歯科大学歯学部卒業後、2003年東中野にエムズ歯科クリニックを開業。2004年には医療法人社団翔舞会を設立し、首都圏を中心に9医院を展開する医療法人へと成長させる。「歯科治療にエビデンスを」を合言葉に、臨床・経営・教育の各分野において、質の高い歯科医療を追求している。

  • 居住地:神奈川県鎌倉市
  • 開業年:2003年
  • ユニット数:39台
  • スタッフ数:107人(うち歯科医師40人/歯科衛生士23人)

「マニュアル」に命を燃やす

ーー先生の経営スタイルとして「徹底したマニュアル化」が知られています。

当院のマニュアルは、「0の知識を1にする」ことを目的としています。マニュアルと聞いただけで機械的だと言う人がいますが、それは「1の知識を2や3にする」「3を維持する」タイプのマニュアルの話です。

重要なのは、0をどれだけ安全・正確に1にできるか。それが当院のマニュアルの役割です。私が開業した当時、そうしたマニュアルを作っていた歯科医院は、どこにもありませんでした。

ーーマニュアルの存在が、歯科医院拡大の原動力になったということですか。

マニュアルがあると、新人の成長は圧倒的に速くなります。マニュアルが無ければ、新卒の歯科医師・歯科衛生士は仕事ができません。「見て学べ」もわからなくはないですが、マニュアルがあれば済むわけで。

成長できる職場には、人材が集まります。人が集まってきて、なおかつ彼らの成長が速いと、組織は自然と大きくなってしまうんですよね。

私は、当たり前のことをやっているだけです。一般社会における企業の在り方を、歯科医療業界に導入しているだけで、特別な施策をしている意識はありません。今までそれを標準化した人がいなかったというだけです。

採用するための「極意」

ーー歯科医療の教育システムを標準化した、ということですね。

教育システムだけでなく、当院は業務全体をマニュアル化・標準化しています。例えば昇進やキャリアアップの仕組みも、勤怠管理も。

誰がやっても同じ結果になるという再現性を重視しているので、80点の治療を皆が実現できるように教育しています。そうなると、自ずと100点を目指す環境も整ってくるわけです。

ーー標準化されていると、人材も入ってきやすいですね。

院内の教育システムが標準化されていなければ、入ってくる歯科医師・歯科衛生士が、自分が成長した姿を想像できません。「この歯科医院にあと3年いたらどうなるか」が見えないから、途中で辞めてしまう。

当院は5年契約で入社させています。その5年間でインプラントをする、矯正を極めるといった目標が決まっていて、期間内で可能な限り完璧を目指しています。

マラソンと一緒で、42km先にゴールがあるから頑張れるわけです。ゴールはありませんが走ってください、ではとても頑張れない。

入ってくるスタッフには、とにかく「あなたは5年後どうなるか」というキャリアパスを見せています。そうすることで、採用のしやすさも全く異なってきます。

荒井昌海(エムズ歯科クリニック・翔舞会)

「自費率40%」のワケ

ーー先生の医院は、どうして自費率が40%と高いのでしょうか。

患者さんが自費治療を選ぶかどうかは、その治療に関する知識を理解しているかどうかに依存します。

知らないものには投資できないし、価値がわかれば投資する。「とりあえず保険診療で」という患者さんは、意識が低いのではなく、理解が乏しいのだと思います。

ーーその知識は、医療面接で伝えるんですか。

ただ闇雲に知識だけを伝える方法では、患者さんに響きません。患者さんによって、大切に思っていることが異なるからです。痛みを取りたいのか、見た目を良くしたいのか、孫と同じものを食べたいのか。その価値観によって、入れ歯の作り方も変わってくる。

歯が悪い人は、歯を治したいわけではありません。何の不利益も感じていなければ、歯を治す必要はないわけです。前歯が1本なくても、見た目を全く気にしない患者さんの場合、審美的な治療は必要ありません。

ーー患者さんの暮らしを視野に入れて説明する、ということですね。

患者さんの不利益を治さなければ、治療したことにならないと思っています。要は、患者さん個人のライフスタイルに、どのような物語を提案できるか。

ジルコニアの組成について説明したところで、誰も興味ありません。ジルコニアを入れた後の生活はどのように変化するか、という成功ストーリーを提案することが重要です。

「普通の歯医者」を追求する

ーー先生の今後の展開、ビジョンなどはありますか。

AI(人工知能)には、特に注目しています。受付や教育のことで心配したくない、というのが私の一貫した理念です。だから、AIを中心としたデジタル化が進めば、受付や予約に人間のリソースを割く必要がなくなる。

光学印象の登場で、「印象練って」や「技工物送っといて」も無くなりつつあります。テクノロジーは日進月歩で、診断や治療計画をAIが代替する未来も、そんなに遠くないのではと思っています。2030年を考えたら、絶対にそういう時代になってますからね。

ーー最終的に、どんな歯科医院を目指しているんですか。

当院の取り組みの根底には「治療だけに集中したい」という思いがあります。人間のリソースは、すべて治療に注ぎたいんです。多くの歯科医師が、同じことを思っているのではないでしょうか。

私は「普通の歯医者」を作っているつもりです。治療だけを考えていたいから、AIやマニュアルなどのシステムを作り、治療にフォーカスする。すべて、普通の歯医者になりたいからやっていることです。

こうした実践をいかに歯科界全体に還元して、業界全体をどれだけ良くすることができるか。いつもそれを真剣に考えています。