古代から人類は、歯の病気に悩まされてきた。歯の悩みがあるから、そこに歯科医療は立ち上がる。連載『歯科医学の系譜』では、これまでの歯科医学・歯科医療が歩んできた足あとを辿り、こんにちの歯科医療に結びつくまでの系譜を紐解いていく。

補綴の歴史は紀元前から

歯の喪失は、長い間人類を悩ませてきたと言えよう。現代では8020運動の影響もあり、喪失歯は少なくなってきている。しかし補綴治療はいまだ、歯科医療の花形として君臨している。

喪失した歯に対する補綴治療は、紀元前から行われていたとされている。しかし紀元前から世界各地で補綴治療が行われていたとは言えど、その形も材料も、実はほとんど一貫性がない。

アメリカの義歯は締め付けがひどい

アメリカではバネ・スプリング付きの義歯が1800年になるまで多用されていた。スプリング付き義歯は非常に使いにくかったようで、当時の貴族にはたいへん不評だったそうだ。当時の常識では、義歯はしゃべる時に装着するものだった。現在では義歯の最も重要な機能は食べること・噛むことであるが、当時はあまりの食事のしにくさに、食事の時間にはわざわざ外して食事を摂っていたらしい。

アメリカ1ドル紙幣に印刷されているかのジョージ・ワシントンも、スプリング付きの全部床義歯を装着していた。1ドル紙幣の肖像画にも、スプリングの締め付けが強すぎて口元が強ばった状態で写ってしまっている。

また当時は、義歯に用いられていた材料も、現在の歯科医療からは考えつかないようなものが使われていた。それは人の抜去歯やカバ・セイウチの歯、牛の骨や象牙などだ。そんな材料が使われていたから、腐敗や悪臭がひどかったともされる。あまりにクサすぎて、当時から陶材の義歯を作ろうという動きもあった。イギリスの世界的な食器メーカー・ウェッジ・ウッドにも、陶材の義歯の注文が入っていたとの記述もある。

日本の義歯はどうだった?

欧米の貴族がスプリング付きの義歯で苦しんでいたころ、日本では木製義歯が作られていた。現在発見されているなかで最も古い義歯は、1538年に74歳で亡くなった和歌山県の女性の義歯。上顎の全部床義歯だ。

欧米でスプリング付きの義歯が主流だった時代から、日本では木製の軽い義歯が製作されていた。このすごいポイントは、欧米で義歯吸着の概念が発見される随分と前から、日本では木製の吸着する全部床義歯が作られていたという事実だ。

改良が進められ現代の補綴学に至る

そのような歴史的変遷を経て、現在主流のアクリルレジンなどの材料が義歯製作に使われるようになった。アクリルレジンが主流になったのは、1940年くらい以降のことだ。それ以降、アクリルレジンによる義歯も材料の改良が進められ、現在の形に改良されている。

これからも、義歯だけでなく補綴学全体の進化は止まらないだろう。100年後にどんな補綴治療が行われているのかということに、たまには思いを馳せてみるのも面白いかもしれない。