東京都内を中心に約130店舗(2017年12月現在)を展開する立ち食いそばチェーン『名代 富士そば』。スタッフは1000名にのぼり、「アルバイトにもボーナスを出す」「飲食店にも関わらず細かいマニュアルが存在しない」「業務時間中に買い物に出かけても構わない」「店舗ごとにメニューが違う」といった型破りな経営方針が話題を呼んでいる。

今回の記事では、富士そばを運営するダイタンホールディングス株式会社の創業者であり現会長の丹道夫氏の経営哲学を、彼の著書『富士そばは、なぜアルバイトにボーナスを出すのか』からご紹介しよう。

スタッフこそが内部留保

丹氏は富士そばの経営について「商いとして当たり前のこと」を実践しているだけだと説く。彼が経営のなかで最も大切にしていることは「スタッフを大切に扱う」ことだ。組織にとって、従業員こそが内部留保であり、商いにとって基本的な原理原則である。もちろん歯科医院も例外ではない。富士そばが、アルバイトにもボーナスや有給を出すというのも、そういった理由があったからこそだ。

さらに、富士そばで驚くべき経営方針は「細かなマニュアルが存在しない」ということだ。丹氏は自由に働ける環境があればやる気も生まれてくると言う。富士そばの店舗にも、参考程度のマニュアルはある。あるにはあるが、最終的にはスタッフの自己流に任せる。合言葉は「細かいことは良いから、うまくやってくれ」だそうだ。あるのは最低限のノルマだけ、という状態だという。

居心地が良ければ、スタッフは定着する。ニコニコ笑いながら仕事ができれば、それが一番良い。スタッフが定着するうえで、給料はもちろん重要であるが、それだけではスタッフは居ついてくれない。ただプレッシャーをかけるだけでは、人は動かない。人間というのは、押せば動く道具ではない。歯科医院も、人が自ら動いてくれるような体制を作るべきだ。それが経営者の本来の仕事であり、責務ではないだろうか。丹氏の言葉を借りれば「経営者の仕事は、どうしたらスタッフの意欲が出て、働きやすくなるかを考えること」ということだ。

「自主性に任せる」マネジメント

丹氏は、なぜここまでスタッフの自由裁量に任せるのだろうか。それは「人間が自分の欲に従って動いているときが最も自発的になり、良いサービスを提供できる」という信念があるからだ。

歯科医院の経営やマネジメントにおいても、「勤務先の歯科医院には良くしてもらっているから、少しでも役に立とう」「良い治療をしてもっと評価されて給料を上げたい」といった自分の利益を思えば、いちいち上から言われなくても自発的に最適な行動を取るという考えが、丹氏の信念だ。

だから、丹氏はだいたいのことは自主性に任せる。自由であればあるほど良い。極端な話、業務時間中に抜け出しても、一緒に働くスタッフのなかでやりくりできてれば拘束する必要はない。

どんな提案も否定しない

丹氏は、スタッフの提案を否定しない。富士そばでは常に「思いついたアイデアは全部出す」という社風があり、驚くべきことに丹氏は、出されたアイデアをほとんど却下したことがないというのだ。

スタッフが熱意を込めて提案したメニューを簡単に却下してしまうと、そのうち誰もアイデアを出さなくなってしまううえ、スタッフが自由に意見を言えなくなる。だから、せっかくスタッフが考えたアイデアは、大事に育てるように意識しているのである。

マネジメントに慣れていないと、スタッフの提案に対しても、やる気を削ぐような言葉を発してしまう。やる気を削ぐような言葉とは、例えば「君のアイデアは全然良くない」だとか「そんなことやらなくても結果は見えているだろう」とかだ。まずは「君に任せた。やってみなさい!」と前向きにリードするべきという考えが、丹氏の立場である。

スタッフに失敗と反省の機会を与える

そんな丹氏が叱るのは、3通りのパターンがあるらしい。
  1. 失敗を恐れて何もしない人、怠けている人
  2. 失敗から何も学ぼうとしない人
  3. 他人の失敗をあざ笑う人

丹氏は、失敗した人は怒らない。挑戦してやった上での結果がダメだったら、それは仕方のないことだ。失敗は、スタッフの成長につながる。丹氏は「できる限りの失敗を従業員にさせてやったうえで、心から反省する機会を与える」のだという。成長は、反省の学習から生まれる。その反省とは「自発的に行動して失敗した経験」からしか生まれない。失敗こそが唯一にして最高の教師であるという信念があるのだ。

叱るときは、なるべく人前で叱ることが丹流だ。逆に、褒めるときはみんなの前で褒める。叱られるなら叱られる理由、褒められるなら褒められる理由があることを、その場にいた他のスタッフに感じてもらう。「なぜ叱られているか」「なぜ褒められているか」を、周囲に知らしめるのである。 

「定義」を考えよ!

富士そばは、なぜ一代でここまで大きな立ち食いそばチェーンに成長したのだろうか。その背後には、丹氏がモットーとする新事業を生み出す哲学があるからだ。

それは「定義」を考えることである。新しいサービスを初めたり、経営の戦略を立てたりするときに、丹氏は「定義は何か?」とよく口にする。定義とはつまり「売り」や「狙い」のことだ。「この物件に歯科医院を出す」となったら「何の定義があって、この場所に出すか?」と問う。「テナント賃料が安い」「人通りが多い」などの定義を確認するためだ。

定義を考えることとは、なぜそれをするのか、誰にそれが求められているのかということを考えることで、新しいサービスを作り出すうえで無くてはならない哲学なのである。「定義を考える」ことで、狙いや戦略が明確になるのだ。

歯科医院のマネジメントにも活かせる本

こうして富士そばは、立ち食いそばチェーンとして一代で急激な成長を遂げた。丹氏も、はじめから立ち食いそばチェーンを構想していたわけではない。さまざまな挑戦と失敗を経て、現在の富士そばが日の目を見た。

丹氏がたどった挑戦と失敗の足跡は、私たちの歯科業界でも応用がききそうだ。経営方針を決めるとき、新しいサービスを作るとき、スタッフのマネジメントに頭を抱えているときには、ぜひとも参考にしていただきたい新書である。