医療では、市場の失敗が起こりやすい。特に、現在の日本の医療制度においては、市場原理が通用しない部分が少なからずある。医療経済学の文脈でも、医療において市場の失敗が起こりやすいというのは共通の見解である。

本記事では、なぜ医療分野で市場の失敗が起きやすいのかということについて解説を行っていく。本記事で挙げるその要因は、以下の5点である。

  1. 情報の非対称性
  2. 競争市場としての不完全性
  3. 予測不能性
  4. 市場の歪み
  5. 外部効果の存在

それぞれの点について、ひとつずつ解説していこう。

1. 医師-患者間の情報の非対称性

まず第一に、医師や歯科医師と患者とのあいだで、持っている知識や情報の量に大きな差があるということだ。考えてみれば当然のことだが、医師にとっての合理性は患者にとっての合理性ではないし、患者はときに、医師から見たら整合性の取れないような行動をする。その原因がすべて情報の非対称性にあるとは言わないが、両者間で情報の大きな乖離があることで、患者の受療行動の際の意思決定は非常に困難なものとなる。

情報の非対称性があるから、患者の消費行動は純粋なものとはならない。だから市場の失敗は起こりやすくなる。

2. 競争市場として不完全であること

病院や診療所は、ローカルな施設である。今日の日本では遠隔診療も法的に解禁されようとしているが、やはり遠隔診療がどこまでいっても、実際の医療はローカルに、現物で提供されている。特に歯科領域ではローカルさは顕著であり、外科と同じように、削ったり切ったりしないと治らないという特殊性がある。医療はローカルな現場で提供せざるを得ないのだ。

医療現場はローカルで、競合が少ないということも、医療において市場の失敗が生じやすい一因となっている。

3. 緊急性が高いこと

医療はときに、極めて緊急性の高い現場となる。そんなときに、クリニックの比較サイトを使って、その診療所のレビューを見て、比較検討している余裕などない。多くの場合、医療を必要とすることは予測不可能であり、これも市場の失敗が起こりやすくなる要因だ。

4. 医療保険により市場が歪んでいること

日本は1958年に国民皆保険が実現して以降、患者の負担はとても少なくなった。高水準な医療を提供するためには(恐らく患者の予想よりも多額の)費用がかかるが、患者はそれを実感できない。

患者が体験したサービスと、実際に窓口で支払った費用の負担とのあいだの乖離が、市場を歪ませていることは間違いないだろう。

5. 外部効果の存在

最後に、外部効果の存在が挙げられる。仮に、医療を市場原理に委ねたとしよう。アダム・スミスが語ったように、見えざる手が病院や診療所の生き残りをかけた競争や、患者が健康に暮らすうえでの医療アクセスを適正にしてくれるだろうか?

恐らく、そうはならない。市場原理に医療の需供を委ねたら、医療の価格は上がり、それにより需要は減少する。その結果、医療にアクセスできる人びとの数が減り、感染症などが街中にはびこることになる。市場原理に委ねたら、公衆衛生学的に社会全体に不利益が生じるのだ。

医療は非常に公共性が高いものであるから、市場原理は働かせない方が良いという立場が、医療経済学のなかでは優勢だ。

限り在るリソースの有効活用を

以上の要因によって、医療においては市場の失敗が生じやすいと考えられている。重要なのは、医療経済学的なアプローチを用いて、医療の効率性を評価して、限りあるリソースを有効活用することではないだろうか。