株式会社DentaLight、ジニー歯科

未来の歯科医療を作る若手キーパーソンに焦点を当てる「歯科医療3.0」第2回は、”歯を守り育てる” をコンセプトに、愛知県で開業している山田翔先生をピックアップ。

これからの予防歯科は、どのように変わっていくのか。その時代の歯科医師は、どのような仕事をするべきか。山田先生のビジョンを、とことん教えてもらいました。

山田 翔(やまだ・しょう)1982年愛知県生まれ。2007年に愛知学院大学を卒業後、歯科医師免許取得。スウェーデンでカリオロジーを学んだのち、2014年愛知県日進市にたけのやま歯科を開業。スタディグループ「以心塾」主宰。山田先生の1Dアカウントは こちら

カリオロジーの本場・スウェーデンで見た光景

ーー先生の予防歯科への考え方を教えてください。

まだ勤務医だった頃、カリオロジーの本場であるスウェーデンで予防歯科を学びました。

スウェーデンの予防歯科は、とにかくシンプル。日本で予防歯科というと、全員に唾液検査をして、自費でメインテナンスをすることなどが連想されがちですが、 彼らに聞くと「全員に唾液検査なんてやらないよ」と。どちらかというと否定的に語っていました。

ーーリスク評価の方法として唾液検査は有効ではないですか。

予防歯科ではリスク評価が重要ですが、唾液検査はあくまで補助的なものです。患者さんのモチベーション向上には有効なんですけどね。

リスク評価において重要なのは「過去の既往歴」なんです。だから、問診・視診を徹底的にやっている。

高度な検査機器を使うのではなく、基本的なことをしっかりやることが大事なんだということは、僕の予防歯科への考え方の原点になっています。

山田翔(たけのやま歯科)

苦悩とツッパリの勤務医時代

ーースウェーデンから帰国後、変化はありましたか。

すっかり影響を受けてしまった僕は、当時の勤務先にもスウェーデンの予防歯科を導入したいと思い、院長に相談しました。

しかしすでに形のできている医院を大きく変えることは想像以上に壁が高く、 結局は理想とする仕組みを作ることはできませんでした。

ーー理想と現実の間で、苦しくなかったですか。

いま思えば、苦しかったですね。勤務先は一般的ないわゆる治療型の医院だったので、自分の思いに蓋をして染まりたくはなかった。

ロッカーの内側に、自分だけに見えるように「染まるな!俺は真の予防をするためにここに来た」と書いた紙を貼っていました(笑)。自分が院長になって思うのですが、当時の僕は勤務医としてはとても使いにくい奴だったと思います。

勤務先の院長には本当にお世話になりましたし、当時のスタッフさんにも感謝しています。 でも、やっぱり僕は予防歯科を信じたくて。 もう、自分で開業してやるしかないと決意しました。

山田翔(たけのやま歯科)

苦しみのなかで未来を描く

ーー開業後は、自分の思いを形にしているように見えます。

開業してからも、すんなりとはいきませんでした。 2014年7月に開業しましたが、やりたいことがどんどん溢れてくる僕に付いてこれないスタッフももちろんいました。

自分のやりたいことや、たけのやま歯科としてできることは増えていくけれど、 スタッフとのギャップも考えなければならないので、そこは慎重に考えなければいけない。

今のスタッフたちは自分で考えて工夫してくれているし、 それぞれが精一杯努力してくれている。 この人たちとならやれる、と思えるようになりました。

上手くいかない部分もまだまだありますが、やりたいことしかやっていません。 スウェーデンで見た予防歯科を実現したいと思っていますし、 その後はオーストラリアで口腔機能育成を、 イギリスでさらにカリオロジーを学び、 僕たちなりの理想を追求しています。

ーーたけのやま歯科は、今後どうなっていくんでしょうか。

歯科医院というハコでやっている以上、患者さんはみんな歯科医院だと思って来院されるわけで、本当に必要な人には届いていなかったりします。

僕らはもっと外に出ていかなければなりません。歯科医院という場所だけでなく、行政や保育園、産婦人科など様々な現場に出ていくことが重要です。

いまはむし歯が少なくなって、口腔機能の育成に目が向きつつあります。それをどこでやるべきかというと、必ずしも歯科医院である必要はないわけで。既存の歯科医院の形や機能がどんどん変わっていくことは、自然な流れだと思います。

山田翔(たけのやま歯科)

駆り立てるのは子ども達の未来

ーー先生の原動力はなんですか。

思い返せば、小学生の頃から似たようなことを考えていて。歯科医師である父の影響もあり、子どもの頃から歯科医師になりたかった。

小学校の卒業文集には、「僕はむし歯をなくして歯科医師がいらない世の中を作る。でも歯は守らなくちゃいけないので、歯科医師の形が変わる」と書いてあるんです。

実際の卒業文集

ーー恐ろしい小学生ですね。

僕の息子も、幼稚園の頃から歯科医師になりたいと言っています。そもそも予防歯科に関心を持ったきっかけも、息子の歯を守りたかったから。

僕の原動力は、息子やその世代、あるいは次世代の子ども達の、健康な身体を作りたいという思いだけです。

山田翔(たけのやま歯科)

連載提供

この記事は、歯科医院向け予約・CRM『ジニー』と歯科業界初のPHR『myDental』の、株式会社DentaLightの提供でお送りしました。

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