症例発表にあたって「患者さんの同意は必要なのだろうか?」「個人情報はどの程度気をつけたらいいのだろうか?」など、気になることがあるかもしれない。

気づかないうちに、法律違反をしてしまうことのないように、本記事では、歯科医療者が押さえておきたい法的な基礎知識を解説する。

個人情報とは?

まず知っておかなければならないのは『個人情報保護法(正式名称:個人情報の保護に関する法律)』だ。法律名はよく聞くものだろう。症例発表のときに、患者の名前や顔を隠すのは、この個人情報保護法に違反しないためだ。

しかし、そもそも「個人情報」とは何か、というのをきちんと理解出来ているだろうか?

個人情報保護法は、2017年5月30日に改正された。改正後の法律は、従来の個人情報保護法と区別するために「改正個人情報保護法」とも呼ばれることがある。
この法律において「個人情報」とは、

「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することが出来るもの」

と定義されている。
注意したいのは、その定義に

「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む」

と記載されていることである。
これは一体どういうことだろうか?

例えば1D歯科というクリニックに、2019年4月10日の11時にう蝕の治療に訪れた患者Aがいるとする。

この場合、その患者の氏名や生年月日だけが個人情報に当たるのではなく、「1D歯科に2019年4月10日11時にう蝕の治療予約をした患者」という情報一体が、個人情報に当たるのである。

なぜかというと、「1D歯科に2019年4月10日11時にう蝕の治療予約をした患者」というのは1人(もしくは多くても数人)だからだ。そのため、患者Aの氏名と容易に照合できる。
すなわち、他の情報と容易に照合することができ、特定の個人を識別できる=個人情報である、ということになるのである。

ちなみに、もし、同じ時間に100人がう蝕の治療の予約を1D歯科でしていたとしたら、「1D歯科に2019年4月10日11時にう蝕の治療予約をした患者」というのは個人情報には当たらないと解釈しうるかもしれない。
なぜなら100人いればその中のどれが患者Aか容易には分からないからだ。
(もちろんこれは解釈の問題であり、厳密な法的解釈は専門家に任せなければならないが、どちらにせよそのようなケースは現実的に滅多にないだろう)

とにかく、ここで覚えておきたいのは「患者の氏名や生年月日だけを匿名化すれば、個人情報ではなくなる」わけではないということだ。

症例報告の際には、顔写真で目を隠す、氏名を消すといった基本的な対処のほか、臨床経過の年月日や患者の生活歴・家族歴で個人が特定出来ないように配慮したい。
また、画像情報に写り込んだカルテ番号なども個人情報と照合可能なため削除する方が望ましいだろう。

さらに、医療従事者として覚えておきたいのが「要配慮個人情報」という単語だ。

これは改正個人情報保護法で新設された単語で

「本人の人種、信条、社会的身分、 病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、 偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして 政令で定める記述等が含まれる個人情報」

と定義されている。

例えば、病歴や犯罪歴などは、「あいつは●●の病気だから」「あいつは過去に犯罪を犯しているから」という様に、不当な差別・偏見が生じる可能性がある。
そのため、個人情報の中でも特に配慮が必要なものを「要配慮個人情報」と定めているのである。

病歴の他、健康診断やその他検査結果、診療・調剤情報など、歯科医療者が扱う情報の多くは、この要配慮個人情報である。
非常に重要な情報を預かる立場として、責任ある情報の取扱いを心がけたい。

人を対象とする医学系研究に関する倫理指針

次に、症例を発表する際には、患者の同意は必須なのだろうか?という点について考えてみたい。

個人情報保護法は、要配慮個人情報を取得する際の対象者の同意取得を義務付けている。
ただし、第 76 条第1項第3号において、「大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者」が「学術研究の用に供する目的」である場合には、個人情報の取得や利用等に係る義務規定は適用除外されると明記されている。

つまり、学術研究を目的としていれば、同意取得の義務は免除されるというのが、個人情報保護法上での規定なのだ。

しかし一方で、 こうした適用除外となる個人情報取扱事業者については

「個人データ又は匿名加工情報の安全管理のために必要かつ適切な措置、個人情報等の取扱いに関する苦情の処理その他の個人情報等の適正な取扱いを確保するために必要な措置を自ら講じ、かつ、当該措置の内容を公表するよう努めなければならない」

と規定しているのである。

「適正な取扱いを確保するための必要な措置」とは何なのか、そもそも「学術研究」とは何なのか、この条文では分からない。

そのため、個人情報保護法の改正を受けて、厚生労働省及び文部科学省から告示されている『人を対象とする医学系研究に関する倫理指針』が一部改定された。

この指針は「人を対象とする研究」に関しての基本方針を示したものである。
個人情報保護法で明示されていない部分を整理したこの指針で、「人を対象とする研究」を実施する際の適切な手続きについて示された。

本指針では研究において「侵襲※1があるか」「介入※2があるか」の2軸を基準として、研究の同意取得の方法を定めている。

※1研究目的で行われる、穿せん刺、切開、薬物投与、放射線照射、心的外傷に触れる質問等によって、研究対象者の身体又は精神に傷害又は負担が生じることをいう。侵襲のうち、研究対象者の身体及び精神に生じる傷害及び負担が小さいものを「軽微な侵襲」という。※2 研究目的で、人の健康に関する様々な事象に影響を与える要因(健康の保持増進につながる行動及び医療における傷病の予防、診断又は治療のための投薬、検査等を含む。)の有無又は程度を制御する行為(通常の診療を超える医療行為であって、研究目的で実施するものを含む。)をいう。

まず、侵襲がある場合は、軽微な侵襲の場合も含めて、必ず文書によるインフォームド・コンセントを受けることが必要である。

侵襲がない場合、介入あり研究ならばインフォームド・コンセント取得は口頭でも構わない。ただし、同意を受けた記録を作成することが必要だ。

侵襲・介入が共にない観察研究の場合、生体試料(尿・唾液等)を利用するならば、介入あり研究と同様に口頭でのインフォームド・コンセント及び同意取得の記録が必要になる。
一方で生体試料を用いず、診療記録のみを用いる場合はオプトアウト式※3で構わないとされている。

※3HPや院内掲示などに研究に関する情報を公開し、拒否したい人は拒否できるように機会を保証する方法
インフォームド・コンセント(IC)取得方法の整理
介入あり 介入なし
生体試料あり 生体試料なし
侵襲あり 文書によるIC
侵襲なし 口頭IC+記録作成 口頭IC+記録作成 オプトアウト可

歯科の症例発表で患者同意は必要か

では、歯科の症例発表は上記のどれに当たるのだろうか?

歯科の症例は、一見侵襲あり・介入なしの研究に見える。
しかし、実は症例発表はこの指針の対象外なのである。

なぜなら、本指針は「通常の診療を超える医療行為」を対象としており、「傷病の予防、診断又は治療を専ら目的とする医療」はこの指針でいう「人を対象とする研究」には含まないからである。※4

※4『人を対象とする医学系研究に関する倫理指針』では「傷病の予防、診断又は治療を専ら目的とする医療」の例として、「他の医療従事者への情報共有を図るため、所属する機関内の症例検討会、機関外の医療従事者同士の勉強会や関係学会、医療従事者向け専門誌等で個別の症例を報告する(いわゆる症例報告)」が上げられている。

つまり、通常の治療を目的として行われた症例の経過を発表する症例報告は、この指針の対象とはなっていないのだ。

以上のことから、法令及び関係省庁から告示されている指針では、症例報告の際の患者同意の必要性については定義されていない。

医療従事者同士の症例報告については、個人情報が匿名化されていれば基本的には問題ないのである。

ちなみに、症例報告と介入のない観察研究との違いは、9例までが症例発表、10例以上が観察研究と定義していることが、医学系の学会では多いようだ。※6

とはいえ、医療者としての倫理上、やはり患者同意は取ることが望ましいのではないかと考える先生もいるだろう。

その場合でも、症例発表の利用であれば、院内やHPに「匿名化した上で症例報告に使用する場合がある」旨を掲示し、拒否する場合のみ申し出てもらう方法で倫理的基準は充分満たしていると考えられる。いわゆる「オプトアウト形式」による同意取得である。

どうしても匿名化できない場合(顔貌写真が重要なファクターとなり、目線を入れるなどの対応も出来ない場合等)のみ、個別に同意を取得しよう。(オプトイン形式)

ただし、学会発表や論文投稿では、症例発表に関する患者同意書のコピーを必須としている場合も無いわけではない。その場合は、オプトイン形式の同意取得が必要である。規定は各学会ごとに異なるので、発表する場合にはよく確認しておきたい。

参考文献

  • 個人情報の保護に関する法律(H29.5.30施行)
  • 厚生労働省・文部科学省『人を対象とする医学系研究に関する倫理指針』(H26.12.22告示、H29.2.28一部改正)
  • 医療・介護関係事業者における 個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(個人情報保護委員会・厚生労働省、H29.4.14)